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ふじのおとこ 實川欣伸さんロングインタビュー   世界中の人に愛される富士山。 何度登っても飽きることはない

日本人なら誰もが一度は登ってみたいと憧れる富士山。その頂に立つこと1383回(2012年10月14日現在)。

途方もない登頂記録をなお更新し続けている達人、現在69歳の實川欣伸さんに、富士山の虜になったきっかけ、登頂を続ける原動力、そして登り続けているからこそ知り得た富士山の魅力などをうかがった。

實川欣伸さん

ふとした人の出会いから、富士山の虜となる。

幼い頃から自然が大好きだったという實川さん。定時制高校に通っていた頃は、磐梯山や奥多摩、丹沢などへ度々出かけては山登りやキャンプを楽しんだ。1週間過ごした上高地では、夜はテントの横で星空をずっと眺めていたと青春時代の思い出を振り返る。そんな實川さんが富士山の虜になったきっかけとは?

僕が富士山に初めて登ったのは1985年の夏、42歳のときです。山好きの人はみんな、子どもが生まれると張り切って山登りに連れていくんですよね。僕もそれと同じです。子どもと一緒に低山の伊豆山系などをよく登りました。その延長で、家族5人で富士山に登ったんです。

それから少し経ってからですね、富士山に何度も登るようになったのは。当時、僕は電子部品の製造会社で働いていました。その会社に毎年一年交代で外国から20人ぐらい研修生が来ていたんです。彼らの社宅から会社間の送迎を僕がしていたのですが、研修生が「富士山に登りたい」って言ったんです。何とか叶えてあげたいと思い、僕が登山のガイドをすることになって。それから年に5、6回は、彼らと富士山に登るようになりました。

この時の思い出の一つです。ある日、頂上で「私の国はどっちですか?」って聞くから、「あっちだよ」って僕が指差すと、その方角に向かって、故郷に残してきた子どもの名前を叫んで涙ぐんだり。初めての山登りだから途中で苦しくてしゃがみこんじゃった研修生もいて、僕が「帰ろうか」と声をかけると、「嫌だ」って。最後まであきらめずに登りきりましたね。 登山を通じてこうした様々なできごとがあって、だんだんと、僕自身が富士山に強い思い入れを抱くようになったんです。やがて研修生は来なくなりましたが、それでも夏になると自然に富士山へ足が向かうようになりました。

富士山登山者の軌跡

日本横断登山。3000m峰・29座を29日間で達成。

外国人研修生との出会いがきっかけで、富士山登頂回数は次第に増えていった。その勢いに大きな刺激を与えたのが、会社の仲間のひと言だった。以降、ハードな富士登山に挑戦するようになる。

頻繁に富士山に登っている僕の様子を見て、会社の仲間が「そんなに富士山に行くなら、何か記録に挑戦したらどうだ」ってけしかけてきましてね。それで「よし、やってやろう!」と。記念登山みたいなことを自分で計画して、いろいろな挑戦をはじめました。富士山4登山道連続登頂(30時間52分)や富士山8連続登頂(富士宮口-山頂/54時間56分)。それから東京駅から東海道を歩いて最後に富士山を登ったり、同じように伊豆半島南部の下田から歩いて富士山登頂をしたりといったことを不眠不休でやりました。

特に思い出深いのは日本横断登山ですね。新潟県の不知火から静岡県の沼津まで、富士山を含めて3000m峰・29座を29日間で登ったんです。これをやるために仕事を終えた後、自宅で地図を見ながら、ここからここまでは何kmあって、この山はこれまでの経験から何時間で登れるといったシミュレーションを何度も繰り返しました。

實川欣伸さん

世界中の人を惹き付ける山だからこそ、挑戦しがいがある。

常人離れした数々の偉業を成し遂げてもなおその情熱が衰えることはなかった。62歳で定年を迎え、その3年後の2008年には、年間248回富士山登頂を達成。以降、毎年200回以上登頂し、年間約70日は1日2回登頂している。そこまで實川さんが富士山登頂を続ける原動力は何なのだろう。

富士山を通じて体力の限界に挑戦したいんです。自分がどれだけやれるか。来年70歳になるので、これまでにやってきた富士山8連続登頂といったハードなことがもう一度本当にできるのか分からないですけど、目標に向かって挑戦する気持ちはまだまだ持ち続けています。

富士山にこだわる理由はもちろんありますよ。やっぱり日本一の山ですし、日本人だけでなく、アジアやアラブ、ヨーロッパなど世界中の人たちが訪れますから。オフシーズンは海外の人のほうが多いぐらいです。日本人の登山者の中には、幼稚園の年少ぐらいの子もいますし、年配の人では84歳の人に会いました。その人は四国からタクシーで来て、2度目の挑戦で登頂に成功しました。素晴らしいですよね。これだけいろいろな人が登りたいと憧れる山は、世界中を見てもないでしょう。僕自身、富士山を通じて、もう本当に驚くほど人との出会いが広がりました。言ってみれば、木みたいなものです。最初は小さかった苗木がどんどん成長して、そこから枝葉が伸びて…。そんな風に自分でも想像できないようなところまで交流範囲が広がって、少し怖いぐらいです。それでも、冒険家の三浦雄一郎さんとお付き合いさせていただくようになったり、皇太子殿下とお話させていただく機会を与えてもらったり、ありがたいことですね。

實川欣伸さん

大自然の感動ドラマ。一度として同じ景色はない。

これまでに1300回以上登ってきて、やめようと思ったことは1000回登頂達成という大きな区切りを迎えたそのとき1回だけだという。「何度登っても、飽きることはない」。その言葉の理由こそが、誰よりも登り続けてきた實川さんが強く感じている富士山の魅力だ。

“未知との遭遇”って言ったらいいんですかね。富士山が見せてくれる24時間のドラマは本当にすごいです。まず朝が白々とだんだん明けてきて、朝焼けからご来光までが感動的です。昼は雲海。季節や日によってその形が毎回異なります。雲一つとってもそうです。夕焼けも見事ですし、夜は夜で美しい星空が広がって、天の川や流れ星が見える。これまでに1300回以上登ってきましたが、一度として同じ景色に出会うことはありません。毎回、毎回違うから、何度登っても飽きることはないですね。

今年の8月にもすごい光景を目の当たりにしましたよ。夜中の登山ガイドをしたのですが、9合目の山小屋に登る寸前で、突然「ワァーッ」というような大勢の歓声が聞こえたんです。何かと思ったら、流れ星が4個、等間隔で同じようにスーッと流れた。あんなことは考えられないですよ!そういうことがあったかと思えばまた別の時には、夕焼け雲の中から一本の火柱がバーッと天に向かって上がっていった。おそらく、もう二度と見られない光景、自然現象です。

沼津市に在住する實川さん。實川さんが感じる、静岡県側から登る富士山の魅力とは?

静岡県側から登る富士山の魅力は、やはり景色でしょうね。晴れていれば、駿河湾、相模湾、太平洋、伊豆半島、そして房総半島などが広く見渡せます。それから夜景も素晴らしい。夜景はどこからでも見られますが、それこそ光のヴェールをかけたような美しい夜景なんです。夏には海岸線沿いで各市町村が花火を打ち上げます。それを眼下に眺めるのは特別な気分ですね。あとは朝のご来光。それこそ何度もご来光を拝んできましたが、富士山頂の8峰のうち、三島岳から見るご来光は僕が知っている中で一番美しい。三島岳からは東隣の峰、駒ヶ岳でご来光を待っている人たちの影が見えて、いよいよご来光が始まって振り返ると、影富士が見えるんです。もし平らな雲がきれいに広がっていれば、そこに影富士がサーッと上がっていきますし、雲がまったく無ければ、麓に山の影が全部映ります。それはもう本当に素晴らしいですよ。

實川欣伸さん

富士登山を楽しむため、畏怖の念を持ち続ける。

誰よりも富士山に登っている實川さんは、その魅力を知り尽くしているが、一方でその怖さを何度も目の当たりにしてきた。毎年100回、200回というような登頂を支えているのは、人並みはずれた気力や身体機能であることも確かだが、何よりも大切なのは安全の確保だ。安全に登り、そして下山してこそ、次にまた登頂するチャンスが得られる。これまでに大きな登山事故を一度も起こしたことがないという實川さんは、自然に対する畏怖の念を常に持ち続けている。

晴れた日には24時間素晴らしい景色を楽しめますが、天気が悪い時は奥深い大自然との闘いです。お前にはどれだけ安全に登れる技量や知識があるのか、と富士山に試されているような気がしますね。もちろん、自然には勝てませんから、状況に応じて冷静に対処し、場合によっては安全に下山する。一番怖いのは風、それと積雪期のアイスバーンです。積雪期は風が激しいですし、6、7合目辺りでもアイゼンやピッケルの刺さり方は日によって全然違います。そのアイゼンなどの刺さり方や風の具合から、ここで早めにあきらめたほうが安全だといった判断をする必要があります。それができずに上へ登ってしまうと風に飛ばされたり、滑落したりするんです。滑落して加速したらもう止まらないですよ。信じられないぐらい下まで落ちてしまいます。実際に僕は何度も目の当たりにしてきました。積雪期は特に怖いですし、富士山の天気は変わりやすいですから油断は禁物です。

20年以上富士山に登り続けてきて、変わったと感じるのは雨ですね。最近は一度降るとゲリラ豪雨になる。それで山頂直下や登山道が恐ろしいぐらい削られてしまうんです。初めて登った人はそれが当たり前だと思っていますけどね。雨が降るたびに登山道が変わって、幅が広いところで1m以上えぐられてしまいます。そういった影響で富士山の表情は、昔とは随分変わりました。

登山者の傾向も変わって、山ガールというか、若い人が増えましたね。すごくいいことだと思います。ただ、これは富士山独特です。山に興味がない人でも富士山だけは登りたいという人も多いですからね。一人でも多くの人に富士山に登ってもらいたいと思いますが、中には草履やハイヒールなどで登る人もいて、それはとても危険です。僕は登山ガイドもしているので、ルールやマナーをしっかり守ってもらうようにアドバイスしていきたいと思っています。世界に誇れる富士山の山登りを、みんなに安全に楽しんで欲しいですから。

實川欣伸さん

目指すは、富士山と同じ日本一。最終目標は、2230回登頂。

42歳で家族と初めて富士山に登って以来、約27年間で1383回登頂した。しかし、この記録も一つの通過点にすぎない。富士山を通じて自分の体力の限界に挑む實川さんの視線は、さらに高い目標へと向けられている。

目下の目標は、正真正銘の日本一になることです。富士山最多登頂記録は、強力だった梶房吉さんが達成した1672回といわれています。正式な記録が残っているわけではありませんが、富士山検定でもその記録が採用されているので、来年の勤労感謝の日までに抜きたいです。再来年には7大陸最高峰制覇を目指し、残りの一つエベレスト登頂を達成したいです。その後、エベレストから無事に還ってきた暁には、目前に迫っているはずの富士山登頂2000回、そして最終的には、富士山の語呂合わせで2230回を目指したいと思っています。

實川欣伸さん

富士山登頂の達人。第3者による記録が残る富士山最多登頂記録を更新中

富士山登頂を続ける實川さんは、毎回登頂した日にちや回数などを手帳に記録している。2008年以降は毎年200回以上登頂しており、平均して年間70日は1日に2回登頂。實川さんが成し遂げてきた事のすごさに驚かされるばかりだが、何よりも始終ニコニコして陽気に話す表情に、目標に向かって邁進する日々の充実感やあたたかい人柄がにじみ出ていた。

◎text by 宮本 敬広 ◎photo by 佐藤日出夫