伝統的な漆器のまちで生まれるモダンな器-畑漆器店【石川県加賀市】

歴史ある温泉のまちで生まれた
“新しい漆器”

海外で「ジャパン」と呼ばれている漆器。日本の名を持つこの工芸品の産地のひとつが、石川県加賀市・山中温泉だ。温泉のまちで生まれた山中漆器は約450年にわたり日常使いの漆器、 温泉客の土産物としての漆器をつくり続けてきた。その伝統を大切にしながら新しい風を吹き込んでいるのが、畑漆器店の三代目・畑 学さん。col.(カラー)と卯之松堂の2つのブランドを展開し、 現代のライフスタイルに寄り添う使い心地の良い器を提案している。

畑漆器店のオフィスがある山中温泉上原町は、古くから山中漆器の生産者が多い地域。周辺には半円のかまぼこ型の屋根の家が建ち並んでいるが、これらは漆器の職人が住んでいた住居だ。 「この辺りは雪が多いので、積雪を防ぐために屋根をかまぼこ型にしたんだと思います」と教えてくれた畑さんとともに、山中温泉街にある直営店に向かった。
ショップは白を基調としたシンプルな空間で、白木と鮮やかな色の組み合わせが印象的なcol.(カラー)と、素朴でシンプルな卯之松堂の器が並んでいる。いずれも伝統を受け継ぐ職人の手仕事によるもので、海外でも人気が高いという。
「山中の特徴は木地です。木地とは木工ろくろを使って木を削り出し、器の形にしたもの。漆を塗る前の白木の器のことで、豊かな木目と堅牢さを併せ持っています」と畑さんが語るように、山中の木地は白い木肌と木目がとても美しい。col.が生まれたのも木地がきっかけだった。

歴史ある温泉のまちで生まれた“新しい漆器” 畑漆器店

漆を塗らない、白木を活かした
漆器への挑戦

6年前、ある展示会に出展した際、工程を説明するために木地のサンプルを陳列したところ、多くのバイヤーから「漆を塗らない白木のままで器にできないか」と聞かれたという。漆塗りでは白木そのものの色を生かすことは難しく、かといって塗装しなければ食器としては使えない。 そこで畑さんは透明のウレタン塗料を使うことにした。山中はウレタン塗料で仕上げるプラスチック製の器づくりも盛んだからだ。多種多様な塗料の中から、溶剤を使わず無鉛・無臭で木製品でも安全に使える塗料を畑さん自らが探し当てた。
デザインは東京のデザイナーに「伝統を生かしながら新しい漆器をつくりたい」と相談。山中に呼んで伝統的な技法を研究してもらい、デザイナーの自由な発想でつくり上げたのがcol.だ。

漆を塗らない、白木を活かした漆器への挑戦 畑漆器店

畑さんが手塗りする
軽やかな仕上がりも魅力

職人が支える漆器づくりは完全分業制で、木地をつくる木地師、漆を塗る塗り師、蒔絵を施す蒔絵師がいる。畑さんはプロデューサーの立場で器づくりを考え、各工程の職人に作業を依頼し、完成した器を販売する。
木地づくりだけでも、木取り、荒取り、荒ぐり、乾燥、仕上げの工程があり、木地に定評がある山中には「縦木取り」という技法が伝わる。これは輪切りにした木をタテ方向(木が成長する方向)で木取りする方法。変形が少なく丈夫だが、コストは高くなる。全国的には「横木取り」が主流で、col.は「職人の器を身近にしたい」との思いから横木取りを採用した。

畑さんが手塗りする軽やかな仕上がりも魅力 畑漆器店

木目を生かした塗装は、塗料を塗っては拭き取る作業を繰り返す「拭き漆」の技法によるもの。こうした作業は塗り師に外注するが、col.は畑さん夫婦が塗りを行う。「特別なウレタン塗料を使いますし、最初は生産ロッドも少なくて塗り師さんに頼めなかった」という事情から、手塗り職人だった祖父の塗装道具を活用して始めた。 「自分たちでやるから色もオリジナルですし、カラフルに塗り分けたり、マットな質感もできる」と独自の仕上がりを実現した。
鮮やかな色彩を施したcol.は、従来の漆器のイメージを覆すスタイリッシュで軽やかな印象。やさしい木目が親しみやすさを添えている。

畑さんが手塗りする軽やかな仕上がりも魅力 畑漆器店

使い手としての実感から生まれる
col.のアイテム

col.のラインナップはどれも「食器としても使えるし、食器以外の用途でも使える」ように工夫されている。例えば、3段重ねの「BORDER(ボーダー)」は弁当箱や重箱だけでなく、裁縫箱や道具箱としても使える。フリーカップの「KOMA(コマ)」はソーサー付きで、これが器のフタにもなるため、小物入れにもなる。畑さんもオフィスではクリップなどを「KOMA(コマ)」に入れて収納しているという。
また、「BorderTRAY(ボーダートレイ)」という商品は、ワイン好きの畑さんのアイデアから生まれた。「うちでワインを飲む時、お盆に載せたグラスを倒してよく床にこぼしていて。それで縁が高いお盆が欲しいと思ってつくったのが『BorderTRAY(ボーダートレイ)』です」。大きめだが軽くて持ちやすく、お盆としても使いやすい。シンプルなデザインで、大皿として使えばテーブルが華やかになるだろう。
畑さんは漆器のつくり手ではあるが、使い手の気持ちになってラインナップを考える。「自分の『こういうモノが欲しい』という思い、妻からの『こういう使い方ができると嬉しい』という声を大切にしています」。

使い手としての実感から生まれるcol.のアイテム 畑漆器店

手仕事と暮らす喜びをもたらす
畑漆器店の器たち

col.の登場で、従来からのブランド、卯之松堂も注目されるようになった。「卯之松堂は暮らしに根ざした道具づくりがコンセプト。シンプルで軽くて女性にも使いやすい器です」。デザイナーはcol.と同じだが、木取りは縦木取りを採用し、 塗りは天然漆を使って拭き漆の技法で仕上げている。塗装色はオリジナルカラーの飴色と小豆色、朱拭き、黒拭き、さらに透明のウレタン塗料で仕上げた木肌など。どの器も、和洋も世代も超えて愛される静かな佇まいが感じられる。

col.はヨーロッパのブランドとのコラボで、ファッション業界でも話題を呼んだ。「注目されることで職人がより意欲的になり、それが山中の未来につながれば嬉しい。最近は山中の技術を学びたいと県外からも若い人が来ています。 若い職人から一緒にやってみたいと思ってもらえるような新しい器をつくり、職人が活躍できる環境づくりにも貢献したい」。山中の職人と伝統技を大切にする畑さんが手掛ける器は、使い手である私たちに職人の手仕事と暮らす喜びも与えてくれる。

手仕事と暮らす喜びをもたらす畑漆器店の器たち 畑漆器店

プロフィール

畑漆器店
1930年、塗り師だった祖父が独立し、二代目(畑さんの父)とともに畑漆器店を創業。そんな環境で育った畑さんにとって漆器は身近な生活道具で、趣味のキャンプでも使うほど。 「みんなにももっと気軽に使ってほしい」という思いがcol.や卯之松堂の器づくりにつながっている。山中温泉街にあるショップは気軽に立ち寄れるオープンな空間で、取り扱う商品すべてを揃えている。

col. 卯之松堂(畑漆器店)畑 学さん

石川県加賀市山中温泉湯の出町レ23 商山堂ビル1F
0761-78−1149
10:00~17:00
定休日/水曜日
北陸自動車道 加賀ICより約25分